私の宅録の歴史
僕が一人宅録をはじめたのは、完全に一人でしたかったから以外の理由はほぼ無い。そういう方法論があるってのはもちろんマッカのお陰で知ったことだけど。一人アカペラは高校時代だったかな。当時は楽器持ってなかったから声しかなかったので。特にアカペラが好きだったわけではない。嫌いじゃないけど
あるとき、友人3名がうちに来て機材も運んでバンドの録音したことがある。彼らが帰ったあと、機材だけ数日うちに残ったので、そのときに一人演奏を初めてやったのね。そうしたら。バンドの録音より、自分ひとりのほうが気持ちよくてカッコよかったのよw じゃあ今後は一人のほうがイイやって。
そのときはドラム以外はちゃんと演奏できなかった。ドラムも下手だったけど一応カタチっぽくは演奏できたから。なので土台はまあまあちゃんとしてて、あとは上モノをちゃんと練習して演奏できるようになれば、いい録音になるな、って漠然と思った。
最初の一人多重宅録はちゃんと残ってます。2コードしかないループ音楽みたいになってる。リズムセクションと、あとミックスがまあまあなので、それなりに聴けるものに仕上がってて、好きですよこれ。今とサウンドはさして変わってないと思う。
だからあとは、それができる環境がずっと欲しかっただけだったんだな。その希望が叶ったのが90年代。だから、それからが飛躍的に伸びたんだから。したかったことは高校時代からずっと変化なし。
楽器いっこ持って歌うことは簡単にできるでしょ。だから僕はそれを後回しにして最後まで残しておいた。一人で何でもできるように、難しい順番から極めていったの。録音ミックス、ドラム、Bass、ギター、ピアノ、って。そんで全員出揃ったところで、さあ歌ですよ、って。
出揃ったのが91年くらい?かな。で、他人の曲なんか歌いたくなかったから、オリジナルを創るに当たって、コンポジションっていうかアレンジとコード進行を研究したわけですね。それの完成度が自分のなかの合格点までなんとか達するのに4年。
その4年かかってたとき、ホテルの仕事をしてたわけですね。だから時間がかかった。でもホテル業も充実していたので、比例して作品力がどんどん上達した。あれはおもしろかったな。全然関係なさそうなのにね。仕事が楽しかったから作曲も上手くいったっていうのが、すごく面白い。普通逆っぽいけど。
作品の世界観って、その人の生活そのものの生き方とか充実度が反映されるんだよね。当時の僕が、広く普通の人々とつきあってたことが、ものすごくいい影響となって反映されたんだと思う。楽器の上手さとかはそんなに関係ない気がするけど。
そして最後の1年が歌詞だな。自分が言いたい事しか言いたくなかったから、どこにもない感じに書くのにけっこう試行錯誤した。僕は楽曲至上主義なんだけど、作品力が上がったのは歌詞のお陰が大きいと思った。今の僕は自分の曲だけじゃなく歌詞も好きなので。
だから最後に作品力高める時期に、私生活や仕事が充実してたことが最終的に、完成に繋がったと言えると思う。そこに至るまでは、交友関係も別に狭くてよかったんでしょうね。だから当時心が開いたのは自分がそれを求めたからなんだよね。
で、開きっぱなしで吸収し続けてたら生めなくなるからね、集中制作期間になってまた閉じたんだと思う。そういうサイクル。今もだね。変わらないよね。