Pebble

about ME
Tue Jan 31
Sun Jan 29

白い色は恋人の色

(偶然発見した自分の数年前の日記に感動したのでコピペ)


大昔の話。

僕は北山修氏に、ハマっていた。

北山修氏は加藤和彦氏と共にフォーククルセダーズでデビュー。
超有名な「帰って来たヨッパライ」で大ブレイクする。


当時はただのコミックバンドと思われていたが
「悲しくてやりきれない」「あの素晴らしい愛をもう一度」など、
加藤和彦氏の美メロ能力が徐々に認知。

そうしたなか生み出されたのが
名曲「白い色は恋人の色」というわけである。
(作詞 北山修、作曲 加藤和彦)


加藤氏はその後も美メロを書き続けると共に
サディスティックミカバンドを主宰。
木村カエラをヴォーカルに迎えて復活したのは記憶に新しい。


一方の北山修氏は、それまでの職業作詞家の方々には見られない
人の弱さを正直に書いたような内容の歌詞が時代とフィットし
人々の心をつかんで作詞家としての地位を確立した。

彼は精神科医としての資格を持っており、
業界を自らの意思で去った後、その職に付いた。

北山氏は小田和正と交流があり、
数年前の小田和正氏のテレビ番組に
手紙を寄せている。


その手紙の中で北山氏が述べていた内容に
僕は心を動かされた。

「僕の書く歌詞は女々しいと思う」

それは(世間一般で言われる)小田氏の歌詞とも共通する。

「白い色は恋人の色」を聴くと
僕は必ず泣いてしまう。

僕だけでなくそういう人は多いようだ。


クレヨンしんちゃんの中で流れて来た時も
一生懸命耐えたが、苦しかった。


北山修氏は想い出の中で生きているのだろうか。
この歌が書かれた当時、まだ若者だったはずなのに
どこを振り返っているのだろうか。


そして。

始めてその歌を聴いたときの僕らだって
子供とか若者だったはずなのに
一体何を懐かしんで、泣いていたのだろうか。


北山氏と加藤氏の美メロが合体した時
これほどまでに涙腺破壊力が増すのは何故なのだろうか。


小田和正氏の歌に「ケッ」と思いながらも
惹かれつづけたのは何故だったのだろうか。


僕は子供の頃、自分の家が本当に嫌だった。
人んちの子になりたい、といつも思っていた。


それでも今振り返ると。

帰る家と家庭があるのは素晴らしいことだったのだ。
そう思えるように少し変わって来た。


当時の僕の心を癒したのが音楽だった。
毎日辛かったので音楽に逃げたのだ。


大学進学で家を出ることになった時
心の底から嬉しかった。
自由だーーー!と思った。


そうして、それ以前の自分が過去となった時

「白い色は恋人の色」のような曲を懐かしみ。
思い出に浸り。

それまで冷血だった僕は、
素直に泣けるようになったのだった。


僕の曲「Ever Green MAN」。

「戻りたくはないよ今が好きだから。でも。」


知らずのうちにこんな歌詞を書いていた自分に
今さらながら驚く。

書いたときの自分の気持ちはよく覚えていない。

でも。
未来は開けている、という
なんだかわからない根拠のない確信みたいなものがあって。

そんな感情に突き動かされて書いたんだよな。


僕は想い出の中には住まない。


でも。
時々思い出すだけならいいじゃないか。


( W ) Double You - 白い色は恋人の色
Shiroi Iro wa Koibito no Iro
(by tkcai)

Sat Jan 28
私は日本人であることを誇りをもっている。私の誇りは昔のサムライに共通しているほど強い。しかし、日本人を売りものにしたくない。だからといって、西洋人になりたいわけではけっしてない。何々風という見られかたから解放されて、自由になりたいだけだ。 『I DESIGN(私 デザイン)』石岡瑛子 松岡正剛の千夜千冊・遊蕩篇 (via mayumiura)

(via mayumiura)

Sat Jan 21
Fri Jan 20
実名でやっているFacebookで職場の顔見知り程度の人から友達申請があったので「やばいな〜」と言っていたら女から「嫌ならやめればいいのに。自分からその世界に入って行ったのにやばいとか騒ぐのって最高にダサいよね。」と言われたので報告しておきます。 Twitter / 安部 (via deli-hell-me)

(via motomocomo)

Thu Jan 19

光っていさえすればそれでいい、というヒトにとっては、
くすんだダイアモンドより光るガラス球のほうがいいのだろう。

そういう人に「これはダイアモンドなんです」って力説したところで
「でも光ってませんし」って言われたら
こっちも「まあ、そうですね…」と言うしかない。

Tue Jan 17
  • 歌詞は考えると理屈っぽくなってしまうので、何も考えないで書く。
  • 特にまじめじゃない歌詞は酒を呑みながら4時間くらいで書く。4時間を超えるとべろべろに酔っ払う。
  • 酒が入っていないと自分を守ろうとしてしまい、カッコつけてしまう。
  • スガシカオ - Wikipedia (via mayumiura)

    (via mayumiura)

    人は不合理、非論理、利己的です。
    気にすることなく、人を愛しなさい。

    あなたが善を行なうと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
    気にすることなく、善を行いなさい。

    目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
    気にすることなく、やり遂げなさい。

    善い行ないをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
    気にすることなく、し続けなさい。

    あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
    気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい。

    あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。
    気にすることなく、作り続けなさい。

    助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
    気にすることなく、助け続けなさい。

    あなたの中の最良のものを、世に与えなさい。
    けり返されるかもしれません。
    でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

    マザー・テレサ (via atozspiral)

    (via motomocomo)

    Mon Jan 9

    hicobeli:

    苦手な人にお手紙送った
    形式的な手紙

    送ったのを忘れた頃
    返事が来た

    丁寧に書かれた返事を読んで
    自分はなんなんだろうと思った

    その返事を何度も読み返している

    (via majoxmajo)

    ウェブだと対面では考えられないような態度をとる人が増えるのは、どうしたわけか。

    ふと思い出したのが、10年ほど前、学生時代に体験したこと。ゼミで教授にナメた口をきく学生は珍しかったですが、私以外はみな、教授が席を外した途端に尊敬語が消えてしまうのでした。例えば、ゼミ中は「先生が示された仮説は……」といっていたのに、学生同士の会話になると「先生がいってた仮説ってさぁ……」になってしまう。

    こうした学生たちにとって、先生に対する「尊敬」は、処世術や礼儀の領域にしか存在しない。自分自身は先生に対して尊敬の念を持っていないから、先生がその場にいなければ、もう尊敬語を使わない。

    あるとき「徳保くん、さっきからずっと尊敬語を使ってるけど、もう先生いないよ(だから尊敬語は使わなくていいんだよ)」と素で忠告してくれた親切な人がいて、私はのけぞりました。後日、「先生を心の中では尊敬していない学生の集まりの中に、本当に先生を尊敬している学生が混じっていると不都合なので、排除される。だから話を合わせておいた方がいいよ」という解説(私の理解と要約なので注意)までいただき、感謝しました。私はしばらく考えて、ゼミ生同士でつるむことを避け、尊敬語の方を守る道を選びました。

    話を戻すと、こうした人々は学校や組織の中での権力関係に着目してアドホックに尊敬語を使うかどうかの判断をしているので、利害関係のない相手には尊敬語を使わない。ブログのコメント欄などにやたら高飛車な態度で書き込む人がいるのだけれど、「デメリットがないor小さい」と思えば、感情を素直に発露してスッキリすることが最優先になるわけです。

    でも対面の場合、いろいろ不都合もあったりしますのでね。殴られたりしたら痛いし。無用のリスクは取りたくない。それで、「会って話したら態度が全然違っていて驚いた」なんてことが起きます。でも、会って話しているときは相手を立てていても、もう二度と会わない(から殴られる心配もない)と思えば、別れた直後からネット上の態度は感情の垂れ流しに戻ってしまいます。

    で、ウェブに飛び交う言葉を観察するに、まず政治家は尊敬されていない。作家先生も、尊敬しているのはファンだけ。いや、ファンですら、とくに尊敬していないように見える人が珍しくない。弁護士さんもお医者さんも(当人のいない場所であっても尊敬語が使われるほどには)尊敬されていない。スポーツ選手もそう。

    しばらく興味を持って周囲を観察していましたが、結論としては、「ふつうの人」に尊敬されている人は存在しないようですね。皇室関連の話題ですら、庶民の日常会話においては、尊敬語が使われていない。私の周囲では、天皇陛下の東日本大震災へのメッセージについて語る人の大多数が「天皇がいってたこと」「テレビで話してた言葉」といった表現を選択し、「陛下が仰っていたこと」「陛下のお言葉」とはいいませんでした。

    僕の場合、ネットと実物が一緒、というヒトと、全然違う、というヒトの2種類に大きく分かれる。面白いよね。

    当人の前でしか尊敬語を使わない人々

    The PETAPETA Says “ALL YOUR TUMBLR ARE BELONG TO US!”

    (via petapeta)

    (via motomocomo)

    Sun Jan 8
    知識を得ることによって知識が無いときの状況がわからなくなるという現象は「Curse of Knowledge」(知識の呪縛)と呼ばれています。

    第16回 知識の呪い | WIRED VISION
    2008-07-21 2009-08-07 (via ona

    )

    「私達は学べば学ぶほど遠ざかっていく」(空の境界)

    (via dix-neuf)

    (via magao)

    (via edieelee)

    (via syumari, hazy-moon) (via plasticdreams) (via iro)

    (via reretlet) (via kaisuicentre)
    Thu Jan 5
    上司や監督に「嫌われているんじゃないか」。そう考え始めた時は、自身を見る目が曇り始めたサインだと気づいてほしい。 「采配」落合博満 (via burnworks)

    (Source: lifehackerandsweets, via motomocomo)

    Wed Jan 4

    301 :ななしばい:2009/09/10(木) 11:38:38 ID:UWWPIMJUO
    地方のデパートはカレーラスと一緒。
    各家庭にその家の味があるように
    各地方にもそれぞれ特徴があって楽しい。
    やっぱり皆さん自分の家のカレーが一番好きでしょ?

    302 :ななしばい:2009/09/10(木) 11:41:10 ID:UWWPIMJUO
    ゴメン…カレーライスね…

    303 :ななしばい:2009/09/10(木) 15:08:54 ID:Ptp3LkBo0
    3大テノール歌手かよ!

    長崎のデパート
    Sat Dec 31
    心理的に健康な大人は、何事も興味から入って、満足して、それらを卒業してきた人々です。人は、自分がしたいことをした時に、他人のわがままを許します。しかし、それをがまんさせられた人は、他人のわがままを許しません。心理的に健康な大人は、生きるのが楽しいし、他人にはやさしいのです。五歳児の大人は、この逆です。「生きるのがつらい」ということと同時に「他人に厳しい」ということです。 モラハラ (via hepton-rk)

    (via kaisuicentre)

    Sun Dec 25
    1. 田舎の孤独はキツいが、都市の孤独はしのぎやすい。
    2. 都市には商品化された娯楽が溢れている。
    3. 家事労働は家電で代行可能。食事とセックスはバラ売りを買う方がリスクが少ない。
    4. 結婚は、個人の関係である以上に封建時代の遺制である側面が大きく、都市生活者にはメリットが少ない。
    「草食化」という思考停止が招く「少子化」:日経ビジネスオンライン 根が深いなあ (via masanork)

    (via motomocomo)